父のめだか鉢
小学校低学年の息子がいる30代の主婦。
近所の実家にいる父は、定年退職して2年。
もともと口数の少ない人だったが、やっぱり現役時代と
比べると最近は少々退屈気味なご様子。
そんな父に、今年も私からの何気ないプレゼント。
ところが、これが、今年の父を変えていく…
●父の日
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| 父の日のプレゼントって毎年何にしようか悩んでしまう… 今年は、雑貨店で見かけためだかにしてみた。 そういえば私が幼い頃、うちには金魚の水槽があったよね。 
 昔を思い出して、魚を飼ってみるのも良いんじゃないかな。 | 
●3日後
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| 『めだかを鉢に泳がせたから見に来なさい』と、早速父からの電話。 
 近くのホームセンターまで行って、めだか用に好みの鉢を選んできたらしい。店員さんに、めだかの飼育方法まで聞いてきたようだ。 
 電話口の父の声には、なんだか張りがあった。 週末、実家に行くのが楽しみだ。 | 
●日曜日
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| 信楽焼のめだか鉢には、めだかだけでなく、浮き草がいくつか入れられていた。 
 『丸い葉っぱはフロッグピットといって、蛙の休み場になったり、めだかの隠れ家になったりするんだよ。』 
 と、孫に向かって色々教える父。 
 この水草が水をきれいに保つ働きもしているというから、便利なものだ。 
 『なまえ、つけたい!』 そんな孫の一言から、玄関口で家族会議が始まった。 | 
●夏休み
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| めだかが卵を産んだ。 気付けば、めだか鉢の表面は覆われるほどに浮き草が増えている。 
 その根っこの辺りに卵があるのを、今朝、父が発見した。 
 小学校は夏休み。 しばらくここにお泊りなので、じっくり卵の観察もできそうだ。 | 
●秋祭り
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| 今日は地域の秋祭り。 近所の人が集まって、町それぞれの神輿をかつぐ。普段は挨拶程度のご近所も、この日は団結して盛り上がる、昔ながらの行事だ。 父にとっては、かっこいい姿を孫に見せるという、大事な日でもある。 
 父を迎えに来た隣のおじさんが、玄関でめだか鉢をのぞいていた。 
 中には、夏に増えためだかの子のほかに、どじょうも泳いでいる。 
 『どじょうなんて、久しぶりに見ましたよ。』 おじさんにそう言われた父は、なんだか得意げだ。 
 『さぁ!今年もやるかー!』 勢いよく出て行った父の背中がすこし若々しく見えた。 | 


